アンネの日記を破ると建造物侵入罪?

アンネの日記を破ったかもしれない人(以下X)が建造物侵入罪容疑で逮捕された、という報道が昨日あったが、今日は器物損壊罪で再逮捕されたという。器物損壊はともかく、なぜ建造物侵入罪なのか、疑問に思った方がいるかもしれない。そうなんです!これはわが国の刑法解釈が必ずしも穏当に、あるいは条文の趣旨に忠実に、あるいは市民の権利を不当に害しない方向では行われていないことを顕著に示す一例である。私は日本の裁判所は概ね刑法を適切に解釈していると考えているが、この件を思うと「やっぱり日本の司法って信用できないのかも」という気持ちになってしまう。大問題なので、ぜひ多くの方に知っていただきたい。

刑法130条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。

これはいわゆる住居侵入罪の規定である。邸宅、建造物、艦船については「人の看守」がある場合、つまり、門衛がいたり扉が施錠されていたりして「入らないでね」という(人の)意思が表示されている場合のみ客体になる。住居等に勝手に入ると処罰されるのは、住居は私生活の場であって、そこに踏み込まれないという利益は、プライバシーの中でももっとも高度な利益であるからである(刑法は住居侵入を犯罪とするがプライバシー侵害行為一般を処罰しているわけではない)。建造物も「人の看守」がある場合には、それに準ずるものと扱われている(この辺りは議論をすると長くなるのでこのくらいにさせていただきます)。

もちろん、人は住居に他人を招くこともあるわけで、住人が「いいよ」といっている場合に犯罪を成立させる理由はない。そのため、住居侵入罪にいう「侵入」は「住居権者の意思に反する立入り」であると定義されることになった。しかし、この定義がある意味で「濫用」されて、同罪の成立範囲はどんどん広がっているのである。

下級審(最高裁以外のこと)の裁判例はかなり前からその傾向を示していたが、平成19年に最高裁判例が出てその方向性が固まってしまった。最高裁は、ATMの利用客の暗証番号を盗撮する目的で銀行の出張所(営業中)に入る行為に建造物侵入罪を認めたのである。

ATMが並んでいるだけの無人の出張所ですよ?
誰に対しても「どうぞお入り下さい」と開かれているところである。例えば、ホームレスの人が入って中で寝るのは銀行からみると問題であろうが、それでも入る行為が「侵入」であるとはいいがたい。ガードマンが来て「出て行け」といってもなお出て行かなければその時点で「不退去罪」が成立する。それが刑法130条の普通の読み方である。

しかし、判例は、盗撮目的での立入りは銀行支店長の意思に反する立入りである、という理由で、(盗撮について業務妨害罪を認め、それに加えて)建造物侵入罪の成立を認めた。この理屈でいくと、万引き目的でコンビニに入って万引きした場合、窃盗罪だけでなく建造物侵入罪が成立することになる。いったい、銀行出張所やコンビニへの立入りそのものによってどのような利益が侵害されているというのであろうか。盗撮は業務妨害で処罰され、万引きは窃盗罪で処罰される。それらの被害とは別に何らかの害が発生しているとは考えられない。管理者はあとでその事実を知れば不愉快に思うかもしれないがそれで犯罪というわけにはいかない。

Xは(日経新聞によると)「アシスタントとゴーストライターは違う」(何だ?)などと書いたビラを貼る目的でジュンク堂書店に入った事実について、建造物侵入罪の容疑で逮捕された。ビラを貼る行為はそれだけでは犯罪ではないが、ジュンク堂はおそらく店内でのビラ貼りを認めていないので(普通の店はそうだろう)、ビラ貼り目的での侵入は(判例の立場によれば)「管理者の意思に反する立入り」ということになる。それで逮捕をしてしまって、取り調べをして(別件です)、器物損壊の容疑で再逮捕、ということであろう。逮捕による身柄の拘束は警察24時間検察48時間の併せて72時間が限度であり、その間に勾留請求をして認められれば10日間(1回は延長可)身柄を拘束できる。別の被疑事実によって再逮捕すればもう一度この手続を続けることができる。どう考えても器物損壊が本丸なのに、あえて建造物侵入を別に立てることによって、長期の身柄拘束が可能になる。建造物侵入が訴追されるかどうかは分からないが、これだけで十分に不当である。

「管理者の意思に反する立入り」がおしなべて建造物侵入であるとすると、「入れ墨おことわり」の銭湯に入れ墨を隠して入る行為は建造物侵入になる。とはいえ、おしゃれのために入れ墨をしている人の入場が発覚したとして、捜査機関が建造物侵入で逮捕することはないだろう。しかし暴力団員であれば分からない。同じ行為をしたときに「普通の人なら犯罪ではないが暴力団員なら犯罪」というのは差別的な取扱いであって不当ではないだろうか。暴力団対策として暴力団員の銭湯利用を禁止する法律があるならまだ分かる(その立法は憲法上許されない気がしますけど)。しかし、処罰に値するかしないかの判断は、捜査機関が勝手にするのである。

これまでのところ暴力団員による銭湯利用やゴルフ場利用に建造物侵入罪を認めた例はないようである(何と驚くべきことに暴力団員であることを隠したゴルフ場利用について詐欺罪は認められているのだ!下級審であるけれども)。しかし、その特定の暴力団員を捕まえたい積極的な理由が何かある場合には、日本の捜査機関は建造物侵入の容疑で逮捕することを辞さないだろうと思う。暴力団員には限らない。「ビラ貼り禁止」という建造物はたくさんある。一般市民が「犬を探しています」というビラを貼っても注意をされるだけであろうが、特定の思想傾向の人がビラ貼りをしていたら、建造物侵入容疑で逮捕されるかもしれない(実際に「共同通信会館」(共同通信社のほか銀行や飲食店、各種商店が入居していて一般人が自由に入ることができる)にビラ貼り目的で立ち入る行為に建造物侵入罪が認められた例がある(東京高判昭和48年3月27日東高刑時報24巻3号41頁))。

刑法学者の多くはこうした実務に反対している。ただ、理論の弱さがこうした拡大解釈を許している面もあり、これは自由に対する罪全般に共通する、結構深刻な問題であると思っている。専門的すぎるのでこれ以上は書きませんが、5月刊行予定の町野古稀に書いたのでご関心のある方はご覧下さい(宣伝になってしまった)。

最初、ジュンク堂でも本を破ったのかと思っていたのでこのようなタイトルになったが、新聞を確認して誤りに気づいた。でも実質はあまり変わらない。

 

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