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カラスの赤ちゃん

窓の外に拡声器。

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ここにこんなすばらしいカラスの巣がある。

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しばらく前に赤ちゃんが生まれたらしく、親ガラスがひっきりなしにミミズなどを運んでいた(たぶん)。

うちは3階で巣を見上げる形なので中はよく見えない。

見たいな~。上の方の人と仲良くなる手立てはないだろうか、とか思っていたが、

今日の午前中に巣立ってしまったみたいだ。

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公共を語る言葉が日本にないのは…(2)―日本の特殊な統治システムと敗戦後の不実

(1)(つづきの)はじめに

なぜ日本では公共の言葉が発達しなかったのか、という話でした。

日本のように(制度化された)国家としての歴史が長い国で、公的な事柄を語る言葉が十分に発達していないというのはとても不思議なことである。どのような政体であっても、リーダーとしての権力を獲得し、維持するためには、リーダーは人々に対してその力を示し、正当性をアピールし続けなければならない。「力」には軍事力が含まれるが、軍事力のみによって権力を維持し続けるのは無理なので、正当性のアピールは、実際の統治と同時に、統治の正統性・妥当性を説得するための言葉によってなされるのが普通である。ヨーロッパならキケロがお手本、というようなものであろう。 

公共の言葉が発達しなかったということは、日本では、「説得の言葉」が必要なかったということで、それは権力を正当化する必要性自体が存在しなかった、ということを推測させる。そんなことあるのか?と思うが、あるのかもしれない。

(2)一貫した日本の統治システム

日本という国は、本当に初期の頃から、誰が本当のリーダーなのか、責任の所在がどこにあるのかがよく分からない、見ようによっては非常に洗練された、見ようによっては全然筋の通らないシステムを維持してきているからである。

一番最初は、天皇(と後で呼ばれるようになった王たち)が実質的なリーダーであったはずである。しかし、天皇の親政は長くは続かない。かなり初期の頃から、蘇我氏が天皇家に后を贈ることを通じて実質的な権力を掌握していたようだし、この権力はのちには藤原氏に引き継がれる。「名」はつねに天皇にある(そして誰もこの「名」を侵そうとはしない)。しかし、「天皇家」には、リーダーとしての天皇を支える実質的な力はないのである。この点はヨーロッパの王族などと違うところである。なぜそうなるか、というと、当時の日本では、子どもは嫁の実家で育つからである(大化の改新から孝謙天皇あたりまでは天皇家にある程度実質があるように思える。この時期は、実質的に力のある女性の天皇が出ている時期でもあり、天皇の「一族」というものが存在できていたのだろう)。

当時の婚姻システムにおいては、格上の(家の)男を婿にとって家格を上げる、というのが基本的な結婚の在り方で、格下の舅が格上の男に娘を差し出して男をもてなすことになっている。婿はただもてなされていればよく、嫁の面倒を見る必要も、生まれた子どもの面倒を見る必要もない。

ということはつまり、子どもは嫁の実家で生まれて、嫁の実家で育つということである。天皇の子どももその例外ではない。したがって、天皇家の子どもは、藤原氏の女の家で生まれ育ち、やがて藤原氏の女と結婚して、その舅のもてなしを受ける。天皇にとって、親しい親族は全員藤原の人間であって、父親である先の天皇とはほとんど系図上の関係しかない、といったようなものなのである。

その後藤原家の者たちが藤原家内部の争いにうつつを抜かし、天皇に娘をあてがう仕事を怠っているうちに、藤原摂関家の力は衰えるが、そうすると、院政――天皇を引退した上皇が権力を行使する時代がやってくる。持統上皇以来、天皇と上皇は同等ということになっていて、「天皇家」に一体性があった当時ならよかったかもしれないが、この時代では両者の関係はよく分からない。その上、もともと天皇に実質的な権力があるわけではないから(ないわけでもないのだが)、上皇が権力を行使するといっても、実質的に国政を担うというよりは、わがまま放題で周りを振り回す、という感じの在り方になり、摂関家がなくなるわけでもないので、権力=責任の所在はいっそう分からなくなる。しかも、これらのことはすべて律令制度の枠の外のことなのである(ですよね?)。

よく分からないが、古い政権というものは大抵、特定の家が担っているものである(最初に王が政権を奪取すればその後は世襲である)。やがてこれを簒奪しようとする者が現れて、戦いを経て政権が変わったり、革命が起きたりする。政権が続いている間は血統がものをいうけれど、政権が変わる可能性があることを考えれば、実力主義に貫かれているともいえる。このような変わり方をする場合、政権を奪う側は、その正当性を言葉でも訴えなければ、国家の支配者としての地位を得られないはずである。

ところが、日本の場合、たしかに天皇家がトップにはいるのだが、后の家の影響力によって、天皇家が絶対的な権力をそもそも持っていないし、后を出す家が固定化することによって実質的に権力を簒奪し、上皇が出てきたり、それでも天皇が頂点であるという建前自体は変わらない…といった次第で、何というか、ぐずぐずと政治が動いていき、それを当然のものとして受け容れてきたので、別段、言葉によって説得・正当化をしなければならないという場面がでてこないのである。

その後、天皇と摂関家がセットとなった朝廷は、本当に形ばかりの存在になっていくけれども、「天皇をお支えする」地位を名乗ることによって正当性が担保される便利なシステムを、時の為政者が手放すことはなかった。この、形式的なトップと実質的なトップが併存し、双方はしばしば「同等」とみなされ(完全な傀儡というわけでもない、ということです)、結局どこに責任があるのか分からない、という不思議な在り方は平安時代に確立し、徳川の時代にも、さらには明治維新の後にも継続する(脱皮に向かう可能性はあったのではないか、ということについて後述)。中国を参考に律令制度を取り入れても、西欧式の法体系を導入しても、それらとは関係のないところで、日本は確固たる「どこに責任があるのか分からない」意思決定システムを運営していて、実際の重要な意思決定はそちらでなされることになっている。

*橋本治『権力の日本人 双調平家物語Ⅰ』(講談社、2006年)、同『院政の日本人 双調平家物語Ⅱ』(講談社、2009年)を大いに参考にしました。

(3)敗戦の影響とその後

さて、それで、現代はどうなのであろうか。上述のような不思議な意思決定システムは、国民全体の中で、国政に対して実質的に関心を持ちうる層が限られていた時代であれば通用したかもしれないが、現代のような時代でそれは難しいのではないか、というのが、素直な推論であると思う。

しかし、制度外の権力がきわめて大きな政治的影響力を有しており、その主体は日本国民に対して責任を負う立場にない、という点で、現代は、過去のどの時代と比べても、際だっている、といえる。いや、敗戦国において、戦勝国に対して陰に陽に従属を強いられることそれ自体は普通のことである。その場合、そのような状態は当然、屈辱的な状態であると認識され、元独立国家の国民たちは、しかるべきときに真の独立を回復すべく、その機会を虎視眈々と狙うはずである(この辺は内田樹さんの受け売り)。日本の状況が異常であるのは、戦勝国アメリカに対して従属的な立場にあることを、政府、国民が一丸となって隠し、忘れようと努め、その上、そんな無理な試みが、ほぼ完全に成功を収めている、ということである。

いくつかの事実を確認しておきたい(以下、ほぼ全面的に、ジョン・W・ダワー「サンフランシスコ体制――その過去、現在、未来」ジョン・W・ダワー ガバン・マコーマック『転換期の日本へ』(NHK出版新書、2014)による)。

日本は、サンフランシスコ条約によって、被占領状態を脱し、主権を回復したが、ちょうど冷戦が激化しつつあったことから(条約は1951年署名、1952年発効)、アメリカは敗戦国日本を、その勝利のために最大限に利用しようとした。アメリカが占領の終結のために(「独立のために」と書こうとしてばかばかしくなってやめた)日本に要求したのは、①再軍備、②在日米軍基地の存置、③講和会議からの中国の排除、であった。

最近の若者は本当に何も知らなかったりするので、少し余計かと思われるところも含めて、説明をさせていただく(私もそんなによく知っていたわけではないので、多くの方がそうだろう、と勝手に前提します)。ここでの「再軍備」の方針によって、現在の日本には自衛隊がある。「米軍基地存置」の方針の下、日本政府とアメリカは結託して沖縄をそれに当てることに決め、現在の沖縄の基地問題がある。講和会議から、中国と韓国・北朝鮮が排除されたことによって、これらの国と日本の間には、いつでも蒸し返すことが可能な「過去」の問題、そして領土問題が残され(北方領土問題もソ連が講和会議から外されたことに起因する――アメリカは日本とソ連が2島返還でまとまりそうになったとき、「だったらアメリカは沖縄をもらう」と恫喝したのである)、日本と中韓がなぜか決定的には仲良くなれない、という現状がある(「なぜか」ではないんだけれども)。そういうことなのである。

これらの要件を日本が呑めば、米軍は日本を確実に保護してやる、というのが、アメリカのオファーであった(日米安保条約はサンフランシスコ講和条約と同年)。こんなのは独立ではない、というので、もちろん、日本国内の自由主義的な論客や左翼勢力はこれに反対し、非武装中立・中国を排除しない全面講和を主張したけれども、アメリカの要請を呑まなければ、主権の回復が先延ばしとなり、占領状態が続くことは明らかだった。この条約は、日本に対する懲罰的な内容をほとんど含まない、その意味では寛容なものであったから、当時の政府および国民は、基本的には大喜びで、アメリカの提案を受け容れたのである。

ここまでは、敗戦国としてはまあ仕方がない、という範囲の話であろう。しかし、解しにくいのは、政府は恥ずべきこととも思わない様子でアメリカに対して従属的にふるまい(すごいな、と思ったが、日本の政府および高官は、アメリカの水爆実験に懸念を表明したときも、アメリカに対しては内々に、懸念表明は単に「国会内の反対党に対する機嫌取りであり……主として国内向け」であると保証していたそうである)、そうしたふるまいは冷戦が終わったあとも続いている、というより、より強まっていること(これは「見捨てられる不安」であろうけれど)、そして、日本国民もまったく気づいていないということはなかったはずだが、政府と一緒になってこうしたことを隠し、忘れ去ろうとし、本当に忘れ去ってしまった、ということである。

これに対しては、ダワーさんも、こんなことがなぜいつまでも続いているのか不思議、という感想を持っているように感じられる。たしかにまったく不思議なことであるが、おそらく、平安時代以来の日本の統治システムが関係していると思われる。制度外の存在が実質的な権力を持っていることや、責任の所在がはっきりしないということは、日本にとっては普通の状態であり、それでも現実が何とかなっていて、自分の立場が安泰ならそれでよい、というのが、(歴史的に見て)標準的な日本人の態度である。それが日本でなくてアメリカだって別にいいじゃない(むしろちょっと格好いいんじゃないか?)。……

はい。そういうわけで、日本には公共の言葉が発達しませんでした。

(4)どう考えても現在がいちばん誠実でない

ただしかし、平安時代から明治初期にかけての日本と、それ以降では、決定的な違いがあると思われる。それは、経済的にある程度豊かで、一定の教育を受けており、政治に対して関心を向ける能力のある人材が、昔はほとんどいなかったであろうが、現在はたくさんいる、ということである。平安時代の日本人なんて、天皇家とその周辺にいる官僚(貴族)以外は、国政なんてものとはまったく無縁に暮らしていただろう。国民の間に「公共の言葉」が育たないのも当然のことではある。しかし、現代の日本人はそうではない。状況を理解して議論するだけの能力・環境には恵まれているはずなのに、見ないふりをして、偽独立国家の中で体裁を繕うことだけをして、公共を語る言葉を喪失させている。歴史的に見ても、たぶん、いちばんタチの悪い状態である。

このタチの悪さは、やはり、敗戦によって生じたものであると私は思う。責任の所在がよく分からない状況は徳川の時代にも続いた、と書いたが、各藩においては、藩主の下で、家臣はかなり実力主義的に登用されていたと思われる。「名君」とか「賢相」といったものが知られているということは、透明性の高い形で意思決定が行われていたことを示すものだろう。そのような政治のためには知恵と議論が必要で、この時期に藩校、私塾、寺子屋を通じて人材を発掘・育成・登用するシステムが浸透したことが、明治維新およびその後の公共的議論を支えたはずである。

維新後の政府はいったん保守化するが、そのおかげでというか、大正に入る頃には、民衆による政治的運動が活発になる。この時期、(もちろん各種の影響は受けつつ)自生的な形で民主主義に向かう流れが強まっていたこと、そして市民が成熟に向かおうとしてたことは間違いないと思われる。

しかし、こうした流れは、敗戦によって澱んでしまった。戦争に負けたことそれ自体はもちろん理由ではない。それ以前の民主主義が十分に発達していたなら、敗戦を機に、より強かな市民として育っていく道はあり得たはずである。でも実際には、まだひ弱だったということなのだろう。敗戦後、占領は終わったけれど、実体はせいぜい「従属的独立」でしかなく、主権国家であるのかどうかも怪しい状態であるのに(国防を全面的にお任せしている以上、恫喝されたら従うしかない(そしてそうした恫喝はしばしばなされているし、されずとも忖度してそれに従うのが日本の人々である)。しかし急いで付け加えるが、現在の状態のまま「集団的自衛権」など確保すれば「アメリカのために血を流す」国家になるだけである。そうなれば、日本がアメリカの属国であることは誰の目にも明らかになり、日本が国際社会において主権国家として敬意をもって扱われることはなくなるだろう(今は扱われているのかどうかよく分かりませんが))、そのことから目をそらし、経済成長によってほしいままに消費ができるようになったことをもって「自由」を得たと誤解してしまった。真に自由で民主的な、一流の近代国家であると自他を騙ることによって、本当の成熟への道を自ら塞いでしまった、というのが戦後の日本の軌跡であり、それは現在も続いている。

ふう。大変なことですね。
言葉というのは必要に応じて発達するものであるから、日本において、公共を語る言葉が発達していないのは、その必要性がなかったためである(他方、敬語がやたらと発達しているのは、平安時代以来の官僚社会においては身分の上下が何よりも大切だったからである)。責任の所在が明らかでないなら誰も説得・正当化のために言葉を紡ぐ必要はないし、物事が思索と議論の結果決まるのでないなら、そのための議論=言葉は発達しない。江戸時代の藩政において、また維新後の民主化によって、公共の言葉は発達を始めたはずであるが、敗戦後、上のようなわけで、むしろ真実は隠さなければならないこととなり、そうしたら、まともに公共を語る言葉なんて発達するはずはない。

(5)人間らしくあれば、希望はある。

とはいっても、私は絶望しているわけではない。日本の欺瞞的な在り方を冷静に論じる言論は目立って増えているし、私が理解して、そんなの嫌だ、と思ったのだから、他にもそう思う人はたくさんいるだろう。私たちは、民主的な社会を担う市民として成長している過程にあるのであり、紆余曲折は相当あるだろうが(その中には対外的な戦争があるかもしれないし、内戦があるかもしれないし、もっと予期しない恐ろしいことがあるかもしれない。現在の日本人の政治力がこの程度である以上、それは覚悟せざるを得ない)、それでも、そうした経験を経て、成熟に向かっていくだろう。

そのために、とくに大事だと思うことは、若い人たちを騙すのはやめよう、ということだ。若い人たちは、日本がそういう状況にあると早くから知っていれば、状況を何とかするために学び、考え、働くことができる(本当は義務教育で教えるべきことだと思う。もちろん大学でも。法学は法学でやるべきことがある)。その中からは間違いなく、とびきりの活躍をする子がでてくるはずであり、その裾野は広ければ広いほどよい。そうすれば、上にいった「紆余曲折」も、最小限に減らせるはずである。

それにはまず率直に語ることですよね。だって、とか言っている場合ではない。
本当にそう思います。敬語も少し考えた方がよいと思う。
ぶつぶつ…

(ひとまず終わり。当初「法の精神」と題していましたが、タイトルの辻褄がまったく合わなかったのでタイトルを変更しました。関係はもちろんあったのですが…いずれ説明できると思います。)

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公共を語る言葉が日本にないのは…(1)―法の精神

私は割に世間知らずな方である。はっきりものを言うというので(あと女なので)、行政の会議などで使われているところがあるが、世間の人たちは意見なんか言っても仕方がないと知っているから言わないのだろう。私はそんな風にはまったく思っていなかった。思っていなかったので、正しいと思うことを発言し、人の意見も正しいかどうかという観点から聞き、いったいこの国はなんでこんなに理屈が通らないのだろうかと首をかしげていた。しかし、最近になってようやく、「そうだったのか」と思うようになった。日本では、ほとんど全ての社会的な意思決定は、議論の結果ではなく、「互いの立場」や「上の人の意向」「『国民』」の意向を(誰かが)忖度した結果によって決まる(法律の内容すらそうである)。正しさをめぐって議論などしても仕方がない、ということになるのは、当然のなりゆきである。

だがしかし、最終的に理屈が通らない、ということが分かっている社会で、法学なんていう学問を情熱的に続けていけるものだろうか。私にはちょっと考えられない。だって、「正しさ」の基礎を、宗教に代表される伝統的な「権威」ではなく、軍事的な強さでもなく、「理性による探究」に置くことこそ、近代法の基本精神なのだ。「理性による探究」を、社会を調整する原理にしましょうね、という前提で、近代社会は成り立っているのである。しかし、日本社会は、「理性による探究」の結果を、決まった結果を正当化するために使うことはあっても、真に意思決定の基礎にすることは決してない(意思決定の基礎になっているのは、「みんな」とか「上の人」とかいった謎の「権威」である)。これは、日本には近代の「法の精神」がまったく根づいていない、ということにほかならない。私は日本の法学の議論のレベルが低いとは思わないが、ひょっとすると、この肝心なところを放置して、近代国家であるような見せかけを作ることしかしてこなかった学問なのではないか、という悲しい疑念を持つようになっている(考えるといつでも目を潤ませられるくらい悲しい。ほんとに)。どうでしょう、みなさん?

昨今の政治情勢に関して、「日本は法治国家から人治国家になろうとしている」と指摘されているけれども、本当の意味で法の支配する国であったことはないのではないかと私は思う(真剣にそうなろうとしたことはあったと思うが、達成しないうちに、達成していないことが忘れられてしまったのではないか)。

刑法の研究などそっちのけでこの問題を考えた結果、さしあたり、これは日本語そのものの特異性、そしてもちろん、日本語を形成してきた歴史の特異性に由来する、という暫定的な結論を得た(もちろん私が考えたというより、いろいろなものを読んで「そうか」と思っただけだが)。分かったからといって簡単に解決はできないだろうが、分からなければ始まらない。というわけで、長い話になります。

                                * * *

外国にときどき行くようになり、また日本でも外国の(欧米に限らない)人と接する機会を持つようになったとき、まず驚いたことは、公共的なことがら(社会の共通利益に関すること)をフランクに語り合うことが非常に容易である、ということだった。あまりに衒いなく語られるので、「なんかこれは建前論として、きれい事を語っているのだろうか?」と感じるほどだった。でも違う。私は日本では、普通に(公共的なことがらについて)思ったことをしゃべるのに、「きれい事に聞こえるかもしれませんが…」と言い訳をしてから話し始めることが多い(その上、「ええっと」とか、少し嘲笑気味の照れ笑いとか、そういうものをどうしてもくっつけてしまう)。日本では公共的なことがらについてまじめに語ることそれ自体が「きれい事」みたいに受け取られてしまうが、日本以外の国ではそうではない。驚きだった。

(宇多田ヒカルが「英語ではシリアスなことを言えるけど日本語では言えない」と言っていた、という話を、たしか高橋源一郎さんがどっかで紹介していたのを読んだことがある。「分かる分かる分かる分かる」と思ったものだった。)

オーストラリア26代大統領ケビン・ラッドのアボリジニへの謝罪演説(2008年)というのは、日本ではどのくらい知られているのだろうか(私はクリス・アボット『世界を動かした21の演説』(英治出版・2011年)を読むまで知らなかった)。とても率直で丁寧で謙虚で前向きなすばらしい演説で、私がオーストラリア人だったら、よくやってくれた、と心から感謝をするだろう。既成事実の積み重ねだけでは解消できない重たい事実というものはやはりある。オーストラリアの白人がぎこちなさをまったく感じないで先住民と付き合っていくためには、理性と感情が伴った言葉による事態の総括と謝罪と将来への誓いがどこかで行われる必要があった。ケビン・ラッドがいうように、「これは真実なのです。私たちに突き付けられた冷厳で居心地の悪い真実なのです。私たちがこの真実と真正面から向き合うまで、私たちはいつまでも影に覆われ、完全に和解し完全に結ばれた国民としての将来は晴れないでしょう」。当時この演説がどのように受け止められたのか(何しろ知らなかったので)分からないが、おそらくは、それを成し遂げたのではないかと思う。ネットでも読めるので(http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-619.html 翻訳は途中までです)、ご一読をお勧めします。

前回書いたように、日本にも差別は様々に存在してきたし、今でもある。しかし、なんというか、「落とし前」は付けられていない。私は国籍や出身地や何とかはその人と個人的に親しくなれるかどうかと関係がないと思っているけれど、例えば自分が被差別部落出身者だったり在日韓国人だったりして、それをごく普通に他人に言えるか、というと、それは難しいと感じる。反対に、誰かにそう言われたとして、まったくぎこちなさを感じないでいるのは難しい。これは個人の差別感情の反映ではないだろう。日本人として、日本社会の問題を引き受けているからそうなるのだ。

私はまったくぎこちなさを感じないで、すべての人と付き合いたい。北朝鮮の人とも中国の人とも韓国の人とも、相互の社会同士の軋轢を感じないで付き合えるようになりたい。しかし、それは個人の力で完全に成し遂げられることではなく、日本を代表する立場の人が、言葉で、関係するすべての人を説得し納得させることによって初めて成し遂げられることである。だから今すぐにでもそうしてもらいたいと思うのだが、どうでしょう。日本の政治家が、ケビン・ラッドのように演説する姿を想像できますか。演説は、まあ、しようと思えばできるんだろう。しかし、その言葉が上滑りせず、真に人々の心に訴えかける場面を想像できますか。

私はできない。自分で読み上げてみるとよく分かると思うのだが、なんか日本語って違うでしょう?「私は、その約束を果たします」とか、言った瞬間に、「そんなことを真顔で言える奴は絶対信用できない」という感じがするでしょう?ね。そうなんですよ。日本語って。

言葉が人を説得し、社会を変革するためには、適切な言葉が発せられなければならないのはもちろんだが、それ以前に、人々が(ここでは論理的なものとしての)言葉を信じていなければならない。なんていうんですかね、言葉による説得、というのはあり得ることで、適切な説得がなされれば受け容れる準備がある、という状態でなければならない。言葉を発する方と、受け取る方が、両方、言葉の現実形成力を信じていなければならないわけである。しかし、大変悲しいことに、現在の日本にはそれはない。日本(の公的言論)にあるのは、みんなの気分を代弁する言葉、現実を覆い隠すための言葉、そうでなければ、現実と乖離した言葉(法学の発している言葉はこれではないか)だけで、現実と結びついて、現実を作る言葉というのは、存在しないのである。


精神科医の斎藤環さんが、日本人には情報管理(「記録」「伝達」「保存」のすべて)ができないことを指摘した上で、それは「私たちの言葉が、現実と乖離しているからだ」と述べておられる(斎藤環「日本人と秘密」atプラス19号)。少し長いし、引用内引用まであるが、引用する。

「欧米圏、とりわけアメリカの報道に接していていつも痛感するのは、そこに『言葉が現実を構成する』という強固な信念がある点だ。とりわけ「文字=現実」という認識は日本人よりもはるかに強いように思われる。
たとえば池田純一は、つぎのように指摘する。『アメリカで紡がれる言葉や表現には多様な集団間の拮抗という緊張感に基づいて発せられるものが多数ある。ある行動や未来の実現のために発せられる言葉は表現が多数ある。裏返すと『言葉を発すればそれは実現する』『言葉には現実を促す力がある』と見なす文化がある』(『ウェブ文明論』」。
つまりアメリカ社会においては、言葉と現実の関係は、日本よりもはるかに緊密なのである。またそれゆえに、アメリカは、政治決定のあらゆるプロセスを強迫的なまでに言語化して記録し、アーカイブとして保存しようとする。」

これに対して、日本人は、言葉が現実であるとはほとんど思っていないため、記録も取らないし、保存もしないし、適切な伝達もできない。理想も語れないし、社会を動かす演説もできない。

「なぜ私たちは『現実』を語れないのか。なぜ私たちは『言葉で現実を変える』可能性に対して常に冷笑的なのか。」

この問いに対して、斎藤環さんは、柄谷行人を参照して、日本語の特殊性が関わっているのでは、と示唆される。それはそれで面白いのだが、私としては、じゃあ、その日本語の特殊性をもたらしたのは何なのか、と思ってしまう。そこで考えると(というのは嘘でいろいろ読んだものをつなぎ合わせると)、それは、日本の政治システムの特殊性、要するに歴史から来ているのではないか、と思われる。

うまくまとめられる自信がないが、つづきは次回に。話は平安時代にまで遡ります。(続く)

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説得の言葉と正当化の言葉

日本には演説に代表される「公共的な言論」で人々の心に残っているようなものがないなあ(そしてそれは民度とかかわってるよね、とも)、と思っていたが、大正デモクラシーの前後の、差別されてきた層が権利の拡大を求める運動の中にそれがあることに気づいた。

水平社宣言(大正11年)の「人の世に熱あれ、人間に光りあれ」とか、平塚らいてうの青鞜発刊の辞「原始、女性は太陽であった」(明治44年・1911年)とか。

  http://www.asahi-net.or.jp/~mg5s-hsgw/siryou/kiso/suiheisya_sengen.html

  http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/guest/publication/hiratsukaraiteu.html

 *水平社宣言の言葉は先日「世界記憶遺産登録を目指す」というニュースに接するまで私は知りませんでした。すみません。

改めて読んでみたが、どちらもたしかに心を打つ、力のある文章である。

これらは、権利を認められていない層が社会に対してそれを要求するために発せられた言葉であり、必然的に「説得の言葉」である。他人に対してだけでなく、自己に対しても、未知の方向に向かって、何が真実かを問いかけながら進んでいくための言葉である。だからこそ、これらの言葉は胸に届くものでなければならないのだし、届くものになりうるのだろう。

日本では公的な言論のほとんどは「正当化の言葉」である(役所関係の検討会報告書などはその典型ですね)。正当化の言葉と説得の言葉は、理に適っていることが要求される点は共通だが、理路の方向は真逆である。

説得の言葉は、まだ正しいと認知されていないものを届けるために、何が正しいのかを探り確かめながら進む。既存の現実から新しい認識に達するには、しかるべきところで裂け目を思い切り飛び越えることが不可欠で、細心の注意と勇気が同時に要求される。これがうまくいった場合に、文章の訴求力も生まれる。

これに対して、正当化の言葉は、すでに決まった方向を、後から説明するための言葉である。結論はもう決まっているのだから、あとは「理に適っている」外観を装うための辻褄合わせである。このような文章は当然訴求力を持たないが、「決まっている」のだから、別に人の心を打つ必要はない。社会で安定した地位にあり、その地位を脅かされる心配がない人、そしてその状態を継続したいと思っている人の言葉である。本当は政治家の言葉は国民に対する説得の言葉であるべきだが、しばらく前までの日本では平然と正当化の言葉だった(最近はそのレベルですらない)。

前にロースクールの答案の多くに「懐疑」が足りないと書いたが(http://s-tatsui.com/archives/43/)、懐疑が生じないのはそれが「正当化の言葉」として書かれているからですよね。結論は決まっている。だからイラッとするのだな、と今分かった。

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生きる力

今日は大学の卒業式だった。私は「訓示」を垂れるような立場ではないけれど、卒業していく学生さんたちに何か言うとしたら、「生きる力を大切にして下さい」と言いたいと思う。ローの卒業生なのでとりあえずは司法試験のことで頭がいっぱいだと思うが、人生は続くのだ。
 
生きる力っていうのは、そうですね、一言でいうと、一人で外を歩いているときに、何となく気分がいい、というようなことでしょうか。やたらと気分がいい必要はない(それはむしろ怪しい)。ただ、とくに人目も気にならず、居場所がないような心地の悪さもなく、スマホをいじらなくてもみじめにも感じず、普通にその場にいられる。眠いな、とか、水が飲みたいとか、普通の自分の身体の欲求を普通に認識できる。そういう状態を支えているのが、身体の内側からくる充実感、といった感じのもので、それが根源的な「生きる力」であると私は思っています。
 
スナフキンもいっています。「たいせつなのは、じぶんのしたいことを、じぶんで知ってるってことだよ」。スナフキンは「夢を持ちなさい」とか、そういうレベルの話をしているのではありません。スナフキンがこの言葉を発したのは、ミイが「あたい、またねむくなっちゃったわ。いつも、ポケットの中が、いちばんよくねむれるの」と言うのを聞いたときで、こう答えながら、ミイをポケットに入れてあげました(『ムーミン谷の夏まつり』より)。
 
そこらをうろうろしている猫を思い浮かべるとよいかもしれません。猫は一人でいて、充足しています。他人のために行動したり、他人の評価を気にしたりしないけど、「自分は世界に受け容れられている」と感じていると思います。人間も、この感覚さえあれば、社会生活上どんなに不都合なことがあっても、そこそこ気分よく生きていけます。反対に、これがなくなると、いつも他人の目が気になり、ちゃんとしているか、自分で自信が持てなくなる。いつも誰かとネット上でつながっていないと安心できなくなったり、社会的な評価を求めてひたすら仕事をしたり、誰かの指示がなければ行動できなくなったりしてしまう。「生きる力」がもっともっと致命的に損なわれると、征服欲をみたしたり、他人からの注目を集めるために、強姦や殺人といった犯罪に走ってしまうことにもなります。外国人排斥運動のようなものも、自分に価値があると実感できない人々が、「日本人であること」に存在意義を見いだそうとして起こすものでしょう。「生きる力」を養うことは、その人にとっても、共同体にとっても、もっとも、といってよいほど、とても大切なことなのです。
 
日本の社会は「生きる力」を涵養するということに無頓着だな、と思います。それで、生命力が損なわれて、生きづらさを感じている若い人がたくさんいると感じます。うつになったり自殺をしてしまう人もたくさんいる。
 
こういう自足した感覚の根っこは、やはり、子どものころに作られるものだと思います。子どものころ、不安を感じて泣き叫べば誰かがあやしてくれて、食べ物をくれる。歌いたいときに歌い、スキップをしたければする。自分の内側から来る欲求が肯定され、内的な必然性にしたがった行動が受け容れられる(放っておいてもらえる)。それによって、自分は世の中に受け容れられているという確固とした感覚が根づき、自分の内的必然にしたがって行動する、基本的な力が養われるのだと思います。
 
今の社会の顕著な特徴は、何か知らないが時間がない、ということです(市場主義の帰結だと思いますが、長くなるのでとりあえず措きます)。時間さえあれば、子どもはどっか適当なところで勝手に「生きる力」を養うことができる。私が育ったのは1970年代で、高度成長のおわりの方ですが、それでも、今と比べれば大分のんびりしていたと思います(ただ、もっと上の世代と比べて「生きる力」が弱いと感じるのも確かです)。
 
時間がないということは余裕がないということとイコールで、今の子どもは相当に小さいときから、秩序にしたがって行動するよう管理されています。電車の中で、隣に座った赤ちゃんが(もちろん親が抱えていますが)、こちらに興味を示して手を伸ばしてくることがありますね。そうすると、親御さんは必ず、「そっちはだめ」というように手を阻みます。電車の中はサラリーマンばっかりだし、ビジネス的な社会秩序を乱してはいけない、と思うからでしょう。その結果、子どもはこんなに小さなときから、「他人に自由に働きかけたらだめ」と教わっているわけです。
 
日本の幼児、初等教育機関(その後もだけど)は、まず第一に、子どもに「静かに座っていること」を教えます。「文句を言わず大人しく座っていること」「先生の言われたとおりにすること」を教え、「そうすれば立派な社会の一員と看做される」という思想を教え込むのが、日本の学校教育です。子どもなのだから、「生きる力」をどんどん使わせて育てなければいけないのに、制限する方向の「教育」しかしないのが学校です。学校以外にのんびりした時間がたくさんあればそれでも機能するのかもしれない。しかし、現代は、何か知らないけど時間がなくて誰にも余裕がないので、社会が一丸となって子どもを管理する結果になってしまう(これも別に論じるべきことですが、幼児・初等教育は子どもを労働から守るのを役目と心得て、社会から隔離して好き放題にさせるのがいいと思っています)。
 
社会に出たら出たで、ちゃんと組織に入って人並みに働け、とか、効率よく働け、成果を出せ、といって管理されます。こういう社会で楽しく生きていくためには「生きる力」が損なわれないように自分で日々ケアをする、ということが、決定的に大切なことだと思うのです。最初からこんな風に考えていたわけではありませんが、私はこの点にかなり気を遣って生きてきました。本日はお祝いの日なので(?)、その秘訣を特別に伝授したいと思います。
 
1 無理はしない :これは大事!どこまでが「無理」かを判断する基準は自分で持っていないといけないわけですが、人間関係においても、仕事においても、楽しくない無理はしないことです。無理を続けていると、楽しいかどうかもこれが無理なのかどうかもすぐに分からなくなってしまうので、身体を基準にして判断することです。体調が悪ければ、どうしてもやる気がでなければ、いくら他人に期待されていても、休んだり、適当にやり過ごすことです。我慢をしなければならないような人間関係からはさっさと身を引くことです(相手が親でも!)。わがままではありません。そうしないと、「生きる力」が減ってしまうのです。
 
2 私生活を大事にする :これも私がとくに(振り返ってみると)こだわってきた部分です。家を適当にきれいに保ち、必要なだけ寝て、食事をおいしく取ることは、幸福の基盤です。あくまで自分の基準で「適当に」ね。実家暮らしの場合はちょっと別の部分がありますが(親の秩序に過度に順応することになるおそれが)。私は自分でもときどき「専業主婦なんじゃないか」と思うほどの家事ぶりで、毎晩家で2時間近くかけて食事をしています(遅くに)。仕事第一、という価値観からは問題がありますが、生きる力第一なのでよいのです。
 
3 身体を快適な状態に保つ :抽象的な言い回しになってしまいましたが、身体の状態がよければ気分がよい、というのは真実です。私が気を遣っているのは、(1)骨格を整える(整体的なこと)、(2)適当に活動量を保つ、(3)腸の状態がよくする、の3つです。(1)と(3)が分かりにくいかもしれませんが、自分の実感でも、精神的にすごく追い込まれているときは、身体が固くなっていたり歪んでいたりして、呼吸が浅くなっています。自分でも腹式呼吸とかストレッチとかでケアをしますが、整体師さんとかに頼るのも一つの方法です(本は整体の代わりにはなりませんが、片山洋次郎『整体かれんだー』はお勧め)。とくに姿勢や骨格は自分では何が正しいか分からなくなってしまっていることが多いので、何となく体調や精神状態が悪いというときにロルファーとか整体師に診てもらうのはお勧めです。(3)は腸です。腸の状態は、幸福度と直結しているといわれていて(ストレスはたしかに腸の健康を悪化させますから、逆もいえる、ということかもしれません)、自殺率と関わりがあるという調査結果があるほどです。ストレスを貯めない、というのは難しくても、食物繊維をたくさんとって、納豆やヨーグルトで菌を補給することは簡単にできます。そうやって地道に、身体を整える、ということが、精神的な安定につながります。
 
4 他人を喜ばせるために生きない :とくに女子!あと親に反抗したことのない人!女子は子どものころから「かわいくあるべし」という価値観の中で育つので、どうしても他人の評価によって自分の価値を判断しがちです。男の子でも、家庭環境によってこういう風になることは結構あるみたい。それがやる気につながったりすることももちろんあるけど、でも、他人の評価は「おまけ」だと思った方がよいです。他人の評価に合わせて自分の行動を決めていると、他人が評価してくれなくなったときに大変痛手を負いますし、どうしても無理をすることになります。何より、それでは誰の人生を生きているのかよく分かりません。これをやっていると、自分というものがなくなってしまって、世間と軋轢を生じたり疲れたりしたときに本当に死にたくなったりしてとても危険なのです。いつも基準は自分の身体に置いて下さい。身体の感覚なんて分からない、という人もいるでしょうが、分かろう、として下さい。
 
5 こまめに楽しいことをする :観念的な楽しみではなくて(多分、酒とかお菓子とか美食とかゲームは観念的です)、自然に近いところに行くとか、ちょっと身体を動かすようなのがよいです。
 
大体こんな感じかなあ。
 
努力しろとか仕事しろとか、他人に優しくとか、友達と仲良くとか、そういうことは言いません(自分もしてないし)。
なぜかというと、こうやって生きる力を培っていると、外に出て行く元気ややる気がいつもそこはかとなくある、という状態になるので、放っておいても、それなりに社会の役に立つようなことをしてしまいます。だからとにかく「生きる力」第一でお願いします!
 
〔追記〕大事なことを忘れていました。それは「足を温める」です。身体が冷えるとロクなことはなく、冷えは足下から来ます。騙されたと思って無闇に足下を温めてみて下さい。最近知ったことですが、小林秀雄も色紙に「頭寒足熱」と書いていたそうです(せめてもの権威づけです)。
  
 
 
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ES細胞の基礎研究が行われていない

昨日理研BRCの倫理委員会で知ったことであるが、ES細胞を用いた基礎研究があまり行われていないらしい。唯一の分配機関である理研(ですよね?)で、今年度分配が「なし」ということは、自前で作って持っているところ以外ではほとんど行われていないということだろう。

これだけ「再生医療」が盛り上がっているのに、肝心のES細胞を使った基礎研究がなされていないというのはおかしなことではないのか。大丈夫なのだろうか。

ES指針はしばらく前に作成・分配指針と利用指針が分離され、利用の方は悪名高い「二重審査」の対象ではなくなった。それでも、国に届け出は必要であり、使う側としては相当に「余分な手間」であるのだろう。

機能的にはiPSと変わらない、という前提であるなら、ESに特化した利用指針はなくしてしまってよいのではないか(前からこういう主張はしていたような気もするが自分でもちょっと忘れてしまった)。ES細胞特有の倫理的課題は、作るときに胚の提供を受ける必要があり、またその胚を壊さなければならない、という点に尽きる。使うところでは「大切にね」という以上のことはないはずで、それはあえて国が確認しなければならないほどのことではないであろう。

再生医療等安全性確保法との関係で、ES指針の在り方も見直されるはずなので、忘れないように書いておいた。

〔加筆〕ESもそうだし、再生医療等安全性確保法もそうだが、フォーマルな手続を多数必要とする厳格な規制をかけると、人的資源が豊富で再生医療等研究の経験のある大きな研究機関以外での研究が非常に難しくなる(要するに新規参入が妨げられる)。新規参入がなければ問題が起こることはないだろうが、研究の進歩もない。再生医療関連の立法が、大きな研究機関の既得権を守り、闊達な研究を妨げるものになってしまっては(なっている、と思うのだが)、いくら資金を投入しても将来は望めない。

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各種委員会の委員構成――主に「男女比」について

内閣府総合科学技術会議生命倫理専門調査会の会合があった(昨日)。この会議は大変女性の比率が高く、メンバーの半分くらいは女性なのであるが、昨日は出席者13人のうち6人が女性であった。私は男性が圧倒的に多い会議に参加することが多くてそういう状況には慣れているし、別段それで発言がしにくいと意識したこともない。しかし、昨日の会議は、なんだかとても発言がしやすかったのである。

話題がES細胞関連であったことが一つの理由であろう。ES細胞の利用において受精卵提供者の心理的負担への配慮が必要であることは一般的に理解されていることであるが、どの程度それを深刻に受け止めるかという点において、男性一般と女性一般の間で差異があると感じる(あと、とくに男性の場合は世代差がかなりあると思う。こういう委員会では女性は比較的若いうちに登用されるが男性はそうでもないため、男性の方が年長であることが多い。これはこれで問題である)。

重要な事項であれば、その場の全員が男性であって十分な理解を得られる見込みがない場合でも発言はする。しかし、どこまでも追いかけるかといえばそれはしない。会議におけるコンセンサスというのは、わが国においては場の空気によって形成されるのが通常なので、感覚・感情に深く根ざした議論を要する問題について、前提となる感覚が相当異なる場合、短時間の議論で相手を説得できる見込みはほとんどない(誤解のないように申しますが、時間をかければ相互の理解は可能であると思うし、本当はそのような議論がなされるべきである。しかし残念ながら行政の委員会はそのような議論の場ではない)。そんな中でしつこく発言しても、自分が疲れるだけで―まったく理解されない、あるいはとても重要だと自分が思っていることについて軽くあしらわれることの心理的なダメージは大きい―、その議論自体にとってもよいことはないので、それをする気は私にはない。

現在、ES細胞の臨床応用に向けた議論は、生命倫理専門調査会と、文科省の委員会内WGの双方で行われている(私は両方に参加)。文科省のWGの方は、少人数であることもあって、女性は私一人である。この問題に関しては、正直にいって、後者のWGでは発言を遠慮することがある。ちょっと面倒だな、と思ってしまうのだ。

わが国における「場」の重要性、「場の空気」の重要性を考えると、会議に女性が複数いるというだけでは全然足りない。半分近くはいてほしい。

これは性別以外の属性にも当てはまる話であるが、性別はとくに重要だと思う。女性と男性では、他人の話を聞く態度がかなり大きく違い、それが発言のしやすさに直接的に影響を与えるためである。女性は総じて、発言の中身だけでなく、身振り手振りや表情や雰囲気などを含めて他人の話を受け止めようという姿勢がある。話をする人の顔をよく見ているし、目線や動作によって共感が態度に表れる。聞き手の存在というのはとても大きくて、私の場合、傍聴者の中に共感的な聞き手がいるだけで(男性の場合も女性の場合もあります)話がしやすくなるくらいなのである(傍聴者は委員にいきなり目を見て話しかけられて動揺しているかもしれませんが…)。話をするときに、共感を求めるかどうかも、おそらく結構性差がある。でも男性だって、相手がよい雰囲気で話を聞いてくれている方がよいと思うのだが(でも何か「対立を楽しむ」という感じが一部の男性にはありますよね。あれはちょっと私は慣れられない)。

とくに議長にもっと女性を登用するとよいと思う。

 

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「疫学的因果関係」の誤解―疾患原因の科学的証明とは

「医学的根拠」が盛大に誤解されている、という本を読んでびっくりした。法学にとっても非常に重大な問題であると思われるので、私の理解したところを説明させていただく。私が無知なだけならよいのだが、そうではなさそうである。

(以下引用を含めて全面的に 津田敏秀『医学的根拠とは何か』(岩波新書、2013年)*)
  *ただし必ずや誤解があると思うので気づいた方は教えて下さい。

日本の裁判所は、疾患の原因について、次のように述べている(類似の判示は一般的です)。
「疫学調査の結果算出される相対危険度及び寄与割合は、集団を対象とし、疾病と要因との間の一般的な関連性の程度を定量的に表現するために算出されたものであり、曝露群に属する特定個人の疾病発生原因を判定することを目的としたものではなく、したがって、これらの数値のみによって個人の疾病罹患原因を判定することはできないものというべきである。」(東京高判平成17年6月22日)

法学研究者もつぎのように書いている(私もまったくこのように理解していました)。
「疫学的因果関係の特質は、集団現象としての疾病についての原因を記述するのみであり、その集団に帰属する個人の罹患する疾病の原因を記述するものではないという点である。換言すれば、疫学的因果関係が認定できたとしても、具体的な個人の罹患した疾病の原因が何であるかは、そこからは直ちに導き出すことはできないのである」。
    (新美育文「疫学的手法による因果関係の証明」ジュリスト866号or 871号)

私に関していうと、疾患に関して因果関係が分かるということは、メカニズムが分かるということだと何となく思っていた。疫学研究というのは、そのようなメカニズム解明に向けて、仮説を立てるために存在しているのだ、と(これも何となく)思っていたような気がする。こういった考え方は、日本では医学界も含めてかなり普及しているようなのだが(津田氏は「メカニズム派」と呼んでおられる)、これは全くの誤解で、両者の関係は正反対だそうなのである。

個人の身体において、「タバコを吸ったことが肺がんの原因であったか」を明らかにするためには、その人について、まったく同じ条件の下で、タバコを吸った場合と吸わない場合で身体に起こる変化を観察する必要があるが、そんなことは不可能である。

これは動物実験などでメカニズムについて仮説が立てられていた場合でも同じで、ある人において、「タバコを吸い続けた」事実と「肺がんが発生した」という事実が観察され、動物実験においては両者に関連があることが知られていたとしても、その人の身体において、前者が後者を引きおこした事実は証明できない。

「メカニズム派」としては、「当該個人」が無理でもせめて「人」におけるメカニズムを、と考えたくなるが、発がんの原因物質と目される物質を人体に投与した上に、大勢の人についてまったく同じ条件で生活させるのは倫理的にも実際上もありえない。結果が出るまでに時間がかかりすぎるという問題もある。

そうすると、人について疾患の原因を解明するためには、なるべく多くの人を一定の条件で揃えてグループ分けし、比較対照して確率の差を割り出すしかない。疫学研究である。ふむ、確かにそうですね、と私は思うが、大丈夫だろうか。

「Evidence-Based Medicine」というのは、臨床研究のデータ分析以外に医学が証拠として依拠しうるものはない、という宣言であるそうだ(私は単に「直感で判断するな」という標語なのかと何となく思っていたが、そうではなかった)。

1992年の論文「Evidence-Based Medicine:A New Approach to Teaching the Practice of Medicine」(マックスマスター大学ガイアットほか EBMワーキンググループ)の冒頭の言葉が引用されている。

「根拠に基づいた医学は、直感、系統的でない臨床経験、病態生理学的合理づけを、臨床判断の十分な基本的根拠としては重視しない。そして、臨床研究からの根拠の検証を受容しする。」

先に引用したような、法学の「疫学的因果関係」の理解は、疫学的な分析以外に、個人の疾患に対する因果関係を明らかにする何らかの証明手段が存在するという前提に立っている。しかし、実際にはそのような手段は存在しない。したがって、疫学が提供する統計学的な差を因果関係の証拠として認めないということは、因果関係判断において科学的証明を証拠として認めないことにほかならない、ということなのである。「疫学の結果を個人の因果関係に適用できないと主張することは、一般法則が個々の観察データに適用できないと言うことと同じである」(津田・82頁)。これはちょっと、大変なことではないだろうか。疫学的な証明を否定した場合、おそらく、裁判所が実際に採用するのは直感的判断だ、ということになるはずだ。

動物実験等によるメカニズムの解明や、臨床経験は、人の疾患原因についての仮説の構築に役立つものである。しかし、それ自体は、人の疾患原因の直接的な証拠となるものではない。それらをもって「個人の因果関係」を判断することは、直感的判断でしかない。「そうなのか!」と私は法学者として非常に驚き反省したが、そうした直観的判断が跋扈しているのは医学の世界でも同じだという。

日本の医学界は動物実験等によってメカニズムを知ることに強いこだわりがあり、疫学研究で(例えば発がん性の)証拠がはっきり示されていても、発がん物質としての認定が見送られる傾向があるという。胃がん対策としてのピロリ菌除菌措置の遅れも、水俣病の原因食品である水俣湾産の魚の摂食規制ができずに被害を拡大させたことも、乳児突然死症候群防止のためうつぶせ寝に警告を発するのが遅れたことも、この点と関係があるという。

何日か前に、厚生労働省の子宮頸がんワクチン検討会が、ワクチン接種後の痛みについて、ワクチンの副作用ではなく「心身の反応」であると結論したという報道があった。同時に、海外の複数の研究者が「ワクチンが原因である可能性が高い」と述べたが(違う意見の海外研究者もいたそうである)、日本の医師らは「科学的証拠が乏しい」と否定した、とも報道されていたので、これもひょっとして「メカニズム派」の判断なのかと疑ってしまう。事情が分かる方がいらしたらどうか教えて下さい。

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法学者は何を研究しているのか(1)

長い間医学系研究者の方々と仕事をしているが、まだ法学がどのような学問なのか、ということはよく理解されていないと感じる。「世の中のルールに詳しい人」などと思われていると業腹なので(そんな人と友達になりたくないですよね?)、是非とも説明をさせていただきたい。

一言でいうと、法学は、個人と共同体の関係、「個人と共同体の折り合いをどのようにつけていくと安寧に暮らせるか」を研究しているのである。

人間は共同体を作って暮らす生き物であるから、共同体の存在についてよいとか悪いとかいっても始まらない。共同体の存在を前提として考えると、共同体の中で暮らしているのは個性のある人々であるから、個人の利益と共同体の利益が相反したり、他の成員との間で利害が衝突したりすることが当然に発生する。その利害をどのように調整すれば、個人が自由にのびのびと行動できてしかも秩序のある共同体を維持できるか。これが、法学が向き合っている課題である。(どうですか。やりがいのありそうな課題でしょう?)

よくある誤解は「国家が国民を支配・統制するためにどのようなルールを作ればよいかを考えるのが法学者である」というものだが、これほど腹立たしい理解はない。様々な経験をへた結果、法学が一番に気を配るようになったのは、「権力から市民を守る」ことなのである。それなのに、「市民を縛るルールを喜んで作っている人」と間違えるなんて、あんまりではないですか。

横暴な権力者はフリーハンドを欲しがるし、フリーハンドを獲得した権力者は横暴になる。これはほとんど自然科学の法則みたいなものである。そのため、横暴な権力者によって社会が攪乱され、人々の自由が奪われるのを防止するための仕組みが、長年かけて作られてきた。国を支配するのは人(権力者)ではなくて法である(法の支配)という考え方に立って、憲法によって権力を制約する仕組みもその一つである。憲法が表現の自由や学問の自由を保障しているのもそうで、(国家の意向から)自由な表現活動・学問研究は、共同体の健全な運営にとって死活的に重要なことであるが、これらはとくに権力が関心を持ちやすい領域であり(NHKに対する政権の関心を見れば分かりますね)、銘記して保護する必要があるからである。

再生医療法が再生医療等に対して(国による審査ではなく)再生医療等委員会による審査を義務づけるに止めたのは、国が学問研究の内容に直接触ることを避けるためである。もし国が、「その研究には意味がない」「存在するリスクに見合うだけの効果(学問的意義)はない」といってその医療・医学研究を却下するなら、それは「検閲」と同じ意味を持つ。それではまずいので、「再生医療等委員会」というアカデミアを代表する組織に審査を委ね、学問共同体による自律によって秩序を保つ、という方法が選択されたのである。

「自律に委ねる」という仕組みが取られたこと(あるいはそれを支持した私など)に対しては、「性善説だ」という批判が度々なされた。自主的にルールを守ってくれるなんて、そんな人ばかりではありませんよ、と。

そうではない。何しろ私は刑法学者であるから(あんまり理由になってないけれど)、世の中にルールを守らない人が大勢いることはよく知っている(むしろ皆が守るようでは気持ちが悪い、と思うくらいである)。普通の人がつまらない理由でどれほどおそろしい所業に出ることがあるか、ということもよく知っているつもりである。

私たちは「人々は大体遵法的だ」などとは思っていない。そうではなくて、「権力にフリーハンドを与えたら大変なことになりますよ」と思っている。すなわち、「権力性悪説」に立っているのである。(つづく)

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抽象化

人の名前が覚えられない。固有名詞は基本的に覚えられず、よく考えると一般名詞と固有名詞の境はさほどはっきりしないので、一般名詞がいつ失われてもおかしくない、という危機感も常にある(例えば「水」とか「紙」とかは大丈夫だと思うが、「はさみ」のレベルだと危ない気がする)。それは自分の物事の認識の仕方と深く関わっていて必然的であるように思えるので、別段覚えようという努力はしないのだが、世間では名前を覚えないのは失礼なことだと認識されているようなので、「すみません、すみません」とペコペコしながらやり過ごしてきた。

そうしたら、森博嗣さんが「忘れることは、抽象化の一つである」と書いていて、膝を打った。森さんは一般に「物忘れが激し」く(私も同じだ)、固有名詞に関しては「本当に親しい友人でも、名前がぱっと出てこないことがある。毎日会う人くらいだと、なんとか覚えていられるけれど、半年に一度くらいの人は忘れてしまう」。そして「自分が指導した学生たちも、誰一人名前を覚えていないといっても過言ではない(自慢でもない)」、と書かれているが、これは私もまったく同じである(自慢でもありません)。しかし顔も人柄も覚えているので、その人のことを忘れているわけでは決してない、というところも同じである。

森さんはこれを「具体的なものを忘れて、抽象的なものが頭に残っている状態」、すなわち「抽象」である、として積極的な意味を認めている。例えば、名言を読む場合、名言を暗記して人に伝えることよりも、「自分がそれをどう感じたのか、その言葉がどんなイメージなのか、ということの方が実は大切」である。物事の具体的な部分(名前や名言)に目を奪われているのは、本質を見失っている状態であって、良い傾向ではない。

そうだそうだ!
学生さんにはずっと「名前は覚えないが無関心なわけではないから傷つかないで下さい」「人柄は良く覚えているのだから何の問題もないでしょう?」と言い続けてきたが、これからは「皆さんも、名前が覚えられない、という境地を目指したらどうですか」と言おうと思う。

*森博嗣『常識にとらわれない100の講義』(だいわ文庫・2013年)

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